2012年1月24日 (火)

「問題をさしあげます」・・・堤章三氏の思い出 6

 「ブログの更新待ってます」
 “クイズ王”のある方に言われてしまいまして・・・。いつも覗いてくださっている皆様、ありがとうございます。更新を止めてしまっていてすみません。
 8月以降、私の元には『アップダウンクイズ』に関するたくさんの情報が集まってきました。小池清さんが司会をされていた頃の映像も見ることができました。
 堤章三さんはじめ番組に関わったたくさんの方が鬼籍に入られ、番組のことが人びとの記憶からも薄れていくなか、昨年11月にタレントではなく一般人を回答者にした正統派クイズ番組で『アップダウンクイズ』の形式を模したものが放送されました。
 まっとうに作られたものは廃れても必ず蘇る。『アップダウンクイズ』がどのように制作されていたのかを取材している私には、そう思えました。

 では、私の個人的な思い出の続きです。予選の問題である“「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と詠(うた)った、室生犀星の出身地は何市でしょう?”をなぜ強烈に覚えているかというと、堤さんに「室生犀星わからんかったか」と言われたからです。
「わからんからって、あんなこと書くもんやないで」
 ああ、解答用紙見てるんや・・・。空欄を避けたかった私は面接のネタにでもなれ、と「叙情詩」と書いておいたんです(面接ではネタにもならなかった)。
「・・・すみません。あっ、答えはどこですか?」
「まだ調べてなかったんか。自分で調べなあかんやろ」
 これは本当に怒られました。さすがに反省しました。収録後、私は福島ではなく徳島の実家に帰ったのですが、母と一緒に広辞苑を引いて正解を確かめたのを覚えています。

 私は結局負けてしました。収録後なのか、優勝した子に出す最後の映像クイズの準備をしていたときなのかわかりませんが、総評をいただいた記憶があります。
「(解答権を)取るの早いのに、簡単な問題を知らない。これはみっともない。勉強し直しやな。あとはパネル!」
 「はい」と頷くしかありません。
「他にはどんな番組に出た?」
「『高校生クイズ』です」
「『高校生クイズ』って3人で出るやつでしょう?じゃあ一人で出るのは初めて?」
「はい」
「これ初陣か!上出来や」
 勝てなくても、堤さんにそう言っていただけたことが、とても嬉しかったです。
「5年後やな!」
「はい!」

 この時代のアタックに出た人にこの話をしても「堤さんとそれだけいっぱい話すって、そんなことあるの?」と言われるのですが、『アップダウンクイズ』の話をしたこと、収録のあった晩に母と一緒に広辞苑を引いたこと、「初陣か!上出来や」の言葉、確かに記憶にあるんですよね・・・。どう考えても、ディレクターや他のスタッフの方か、児玉さんと話した内容と勘違いしているとは思えないんです。
 もし、当時の『アタック25』に出場された方で、堤さんに思い出のある方がいらしたら、コメント欄に書いていただけたら幸いです。

 堤さんの思い出は、昨年6月24日に書き始めたので、こうして書き終えるまでにちょうど7ヶ月が経ってしまいました。更新を停滞させている間に『アップダウンクイズ』と堤さんゆかりのたくさんの方々にお話を伺うことができました。そちらの内容は、『アップダウンクイズ』という番組が中心になりますが、個人のブログではなくきちんと書籍にして世に残るよう画策しています。すぐにとはいきませんが、ご案内できるようになったらこのブログでもご報告いたします。
 辛抱強く更新を待ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
 そして、2009年1月24日に亡くなられた堤章三さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

「構成の堤です」

 お会いできて光栄でした。

2011年10月 6日 (木)

「問題をさしあげます」・・・堤章三氏の思い出 5

「名前、いい名前やなあ」
 堤さんは言いました。
 ここで使っている“大江餡蜜”という名は、本名(旧姓)をローマ字にして並べ替え、漢字を当てたものです。当時の私の姓は、“伝説のクイズ王”として有名な方と同じ姓でした。名前は-漢字は違いますが-読み方が、あるフリーアナウンサーの方と同じでした。
「漢字は違うけど、あなたと同じ名前で問題を読むのがすごく上手い人がいるんだけど・・・」
 すぐにわかりました。
「佐々木美絵さんですよね?」
 堤さんの顔が輝きました。声のトーンを一段上げて「知ってる?」と聞かれました。
「はい。こちらの局の『うぉんてっど』で問題読まれてましたから」
 私が中学生の頃に、朝日放送ではウィークデーの夕方『うぉんてっど』という番組が放送されていました。トミーズが司会で、数年間続いたと思います。木曜日に「いてまえ!クイズ王」というコーナーがありました。トミーズとハイヒール・リンゴとその日のゲストが、クイズ自慢の一般人、つまり“クイズ王”に早押しクイズで挑戦するというコーナーでした。
 このコーナーが妙に面白かったのです。他の曜日はコーナーが変わったりしていましたが、木曜のクイズは“クイズ王”が出なくなってタレント同士の早押しに変わっても長く続きました。
 なぜ面白かったのか。それは、問題を読むのが佐々木美絵さんだったからです。彼女が問題を読み始めると、賑やかなバラエティが真剣勝負の空間に一変しました。そして、その彼女がトミーズやリンゴに茶々を入れられると、上手い切り返しをしてスタジオを爆笑させていました。問題読むだけなら局の女性アナでよい・・・というわけではないことを教わったのでした。
「『うぉんてっど』?・・・ああ、あれはお遊びや。『アップダウンクイズ』は?『アップダウンクイズ』見たことない?」
 番組名は知っているし、佐々木さんがその番組の出題者だったのも知っているけど、見た記憶はありません。
「それは、見たことはないですね・・・」
「・・・そうか。見たことない、か」
 一瞬でしたが、堤さんは本当にがっかりした顔をされました。でも、すぐに「ま、しゃあないな。若いもんなあ!」と元の笑顔に戻られました。

 いろんな方のご厚意で、堤さんが『アップダウンクイズ』の最終回の収録後、花束を受け取ったまま顔を上げられず、何分間もただただ俯いて、こらえきれない涙を流している映像を見せていただきました。また、最終回を迎えるにあたり毎日放送の社内報に『アップダウンクイズ』への思いを綴ったものも読ませていただきました。
 なんであのときあっさり「見たことない」などと言ってしまったのか、どうして「小さかったのでよく覚えてませんけど、家族で見ていた記憶はありますね」と返すぐらいの機転が利かなかったのか・・・。

 堤さん、今日、『アップダウンクイズ』の48歳の誕生日で、かつ、27回忌の日ですよね。祝ったり弔ったりしてやらなあかん日で、大変ですね。
 進んでますから。ちょっとのろのろしながらですけど、堤さんご存じのいろんな方の力をお借りしてちゃんと進んでますから。初代プロデューサーやディレクターの大北さん、いろんな方々と、ときどき見ててください。
 あ、それと児玉さんにお伝え下さい。『アップダウン』の弟は、まだそちらへは行かないと思います。先週4年ぶりに鐘が鳴りました、と。

2011年9月22日 (木)

「問題をさしあげます」・・・堤章三氏の思い出 4

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 あまり間を空けずに続けますと書いた割に、一ヶ月が経過しました。申し訳ありません。

 でも、こっちが停まってるときは、あっちが進んでると受け取ってください・・・って何のことなんですか。プロフィールもさすがにちょこっと変えました。

 さて、私が堤章三氏にお目にかかったときの思い出です。本来は「堤先生」とお呼びしなければならない方ですが、私にとっては「堤さん」です。なので、さん付けで書かせてください。

 収録が進んでアタックチャンスになりました。普段はどうなのかわかりませんが、この回、堤さんは青、白、緑、赤の順でアタックチャンスの指導に入りました。私は赤です(私の写真で申し訳ないですが、放送されたときのテレビ画面を映したものを親戚がくれたので載せました。クレームが来たら外します)。堤さんが緑の子と話し終えて私の番になりました。
 「構成の堤です」
 そのとき堤さんのお歳は知りませんでしたが、75歳とは思わなかったです。年配は年配でももっと若く見えました。若い頃はあからさまにキレ者の雰囲気を漂わせてたんだろうな・・・というのが私の第一印象、いえ、私はその後お目にかかることがなかったので、そのとき焼き付けられた印象です。
 いろんな人から「クイズ番組の構成作家の第一人者」として噂を聞いている方に「堤です」と名乗られて、私は嬉しくて
 「お会いできて光栄です!」
と、着席のままでしたがお辞儀をしました。
 堤さんはびっくりした顔をして
 「あなた僕のこと知ってるの?」
と、おっしゃいました。
 今考えてみると、クイズ番組に出に行って「構成の者です」と言われても「はあ」という返事をするのが当たり前のような気がします。そりゃ、びっくりするわ、と。
 「有名な方ですから!」
と、私はにこにこ言いました。
 「あなたみたいな若い人が僕のことを知っててくれるやなんて・・・。僕もあなたのような人に会えて光栄です」
そうおっしゃってくださいました。そして、
 「あなたかなりお勉強してるね。取り方見てたらわかる」
 えっ、私、パネルの取り方そんなに研究してないですよ?
 「パネルのですか?」
と、尋ねたら
 「問題の。パネルは、下手」
・・・はっきり言われました。
 あ、やっぱり・・・と思いましたが、いままでクイズをやってきたことがわかるよ、という意味のことを言われたことは嬉しく思いました。このブログを覗きに来て下さる方はおわかりだと思いますが、早押しクイズの問題の解答権を取るにはちょっとしたコツがあって、ボタンの押しどころがあります。「こいつやってる奴や」と、堤さんにはすぐわかったのだと思います。

 堤さんとはアタックチャンス休憩の間、結構話しました。間違いなくその回の解答者4人の中で私が一番お話しさせていただいています。堤さんと話している私に、児玉さんはそっと「置いとくよ」という目をして飴を数個置いていってくださいました。

 まだ、続きます・・・。

«「問題をさしあげます」・・・堤章三氏の思い出 3

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